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成瀬は天下を取りに行く 普遍的な青春小説

物語

不思議な読後感と感動。

青春小説は、物語の中で劇的な何かが起こる必要はない。物語の中で起こった出来事によって、読者の過ぎ去ってしまった、失くしてしまった個人的な何かを、自然に想起させることが肝なんだと思わされる。作者の創作世界で起こる決してドラマティックではない出来事が、自分の過去に起こった何気ない思い出と共鳴し、予期せず心の芯を震わせられた時の気持ちよさといったらない。優れた青春小説は、どんな長い年月も飛び越して、一瞬にして、その時の風景や匂いや温度や喧噪を思い出させてくれる。多分現在進行形で青春の世代よりも、その時期が既に過ぎ去り想い出となっている世代の方が、この物語に心を震わされてしまうと思う。主人公の成瀬はただ行動しイベントに参加するだけで、そのイベント自体はけしてエモくはないのだが、読者は、滋賀県大津市という具体的な地方都市の舞台装置に誘われ、いつしか自身の青春時代に重ねてしまうことで、エモくならずにはいられない。青春は結果ではなく行為であり季節なのだ。

成瀬は天下を取りに行くは、かつて誰もが持ってて、やがて誰もが失ってしまう、普遍的な何かを上手に物語世界に内包させた、誰にでもお勧めできる青春小説である。

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